Text&Photos: Hiroshi Kishiro
PHOTOBOOTH NYCのオーナーエイドリアン。へスターストリート‧フェスティバルの会場にて。
「フォトブース」と聞くと皆さんは⼀体何を想像するだろうか。弾けるような友達の笑顔。初めて恋⼈とキスをした記憶。ショッピングモールの⽚隅に置かれたボックスの中に⼊りカーテンを閉め、コインを⼊れる。フラッシュがたかれる度に別の表情が撮影され、ボックスの受け⽫には味のあるモノクロの四コマ写真が出てくる。 その時の感情や記憶を切り取った、この世にたった⼀枚の宝物。「フォトブース」という⾔葉はアメリカ⼈にとって特別なノスタルジックさを持っている。映画「アメリカン‧グラフィティ」を観たときに感じる温かさに似ているかも知れない。
ニューヨークのイベントで⼤⼈気 レンタル‧フォトブースとは
ここ最近のニューヨークで開かれるパーティや各種イベント‧シーンで⼤⼈気を博しているアトラクション。それが「レンタル‧フォトブース」だ。
「フォトブース」と名前がついているが、お馴染みのボックス‧タイプのものは少なく、リングライトが埋め込まれ、組み⽴てや搬⼊が簡単なキヨスク型が主流だ。
他にも全⾝が写せるミラー⾵、⼿に持って歩き回れるポータブルタイプ、360度回転してビデオ撮影するプラットフォーム型など、バラエティも豊富になってきている。その場でプリントされるだけでなくスマートフォンでファイルを受け取ることもでき、ソーシャルメディアでの拡散にも便利だ。
「カーダシアン気分」が気軽に味わえるグラマラスなエンターテイメント性に加え、フィルターでロゴを挿⼊すればブランディングや各種プロモーションにも効果絶⼤。そこに⽬をつけたプロモーター達がマーケティングの⼀環に組み込んで企業イベントに積極的に導⼊しはじめている。
「ウェデイングや誕⽣⽇のパーティーはもちろんだけど、年末はコーポレートのパーティーが重なるから特に忙しいんだ。」PHOTOBOOTH NYCのオーナー、エイドリアン‧レテチピア(Adrian Letechipia)はウーバーの中でそう語る。 「でも豪華ヨットでのイベントを頼まれた時は、さすがに驚いたよ」
今⽇のクライアントはファッション界に勤める⼥の⼦、リサ。彼⼥の25歳の誕⽣⽇パーティーに向かう最中だ。⾞はスカイライトからエンパイア‧ステートビルが望めるマンハッタンのペントハウスにもうすぐ到着する。
もう直ぐゲストの到着。パーティーの会場で準備に忙しいエイドリアン
在学時代にVH1でのインターンを経験
エイドリアンはオハイオ州⽣まれ。⽗親は⼤学の教授、⺟親はデザイナー、物⼼ついた頃から⼯作など何かを作るのが好きだった。⽗親の仕事の関係で⼦供の頃は引っ越しが続いた。
「引っ越しを40回経験しているんだ。⼦供には⾟い経験だったけれど、それが今は役に⽴っている。どんなところに⾏っても5分後にはその場にいる全員と打ち解けられるスキルが⾝についたからね」と笑う。
ニューヨーク州⽴⼤学でグラフィック‧デザインを専攻。モーション‧グラフィックを黎明期に独学で習得した。だがタイミングは最悪だった。2008年のリーマン‧ショックがアメリカに経済打撃を与えた直後で、卒業が近づいても巷に仕事はなかった。
そんな中MTV(ミュージック‧テレビジョン)の姉妹局、VH1でのインターンの仕事を得る。無給だった。住んでいた市外からマンハッタンへの交通費だけで毎⽉1000ドルの持ち出しだった。
「この経験が俺にもたらしたものは『(知名度のある)VH1で仕事をしている』という⾃信。⼤学卒業する頃までに⼤きなエゴを持つのは誰にとっても⼤切なことだろう?(笑)」。
「任せてくれ(I got it!)」の哲学
ある時「おい、このソフトの使い⽅を知ってるか?」とディレクターに聞かれた。「もちろん得意だよ。任せてくれ」と答えるエイドリアン。だが実はそのソフトについて何も知らなかった。
家に⾶んで帰ってYouTubeやネットフォーラムに⾶びつき必死にソフトの使い⽅を調べた。そして翌⽇ディレクターが出社した時にはエイドリアンは与えられたプロジェクトを完了させていた。
「そもそも俺にはどうやるのか知らないくせに『イエス』という傾向があったんだ。何かを頼まれる度いつも『任せてくれ(I got it!)』と答えていたよ。引き受けたからには結果を出して期待に応える。俺にはプランBが存在しない。しくじる余裕がないのさ」これが彼の仕事への取り組み⽅を決定づけた。
「今の若い世代は『無給のインターンなんて価値がない』と思うかもしれない。だけどあれは⼀種の招待状なんだ」とエイドリアンはいう。
「⼤事なのは仕事そのものより、『どのように仕事を処理するか、⾃分がその仕事にどんな意味を与えることができるか』にあるんだ」。
他のインターンが仕事をいくつか仕上げる間に、エイドリアンは倍以上の仕事を仕上げた。彼の存在は職場でも注⽬され、究極の就職難の中、⼤学卒業と同時にVH1に正式に雇われることになった。
ー ペントハウスのエスカレーターが開き、リサとその友達が賑やかに到着した。設置されたフォトブースに気づくと嬌声をあげながら近づいてきた。ドリンクを⽚⼿に次々にポーズをとり始める。パーティの始まりだ。
フォトブースの準備が整ったら、さあパーティの始まり!
超⼀流アーティストのクリエイティブ‧ディレクターとして活躍。 世界を駆け巡る⽇々
VH1を去った後、エイドリアンは⾃らのクリエイティブ‧スタジオをブルックリンに設⽴。才能ある⼈材を必要に応じてフリーランスで起⽤し、プロジェクトごとに最適なチーム編成を⾏った。偶然にも、隣のオフィスには当時アリシア‧キーズの照明デザイナーが⼊居し、廊下での出会いがきっかけで、⼆⼈の間に友情が芽⽣えた。そこから10年以上に及ぶ仕事上の関係が始まる。
ここからエイドリアンのキャリアが⾶躍的に発展する。まもなく超⼀流アーティスト達のコンサート⽤ビジュアル制作を依頼されるようになった。レニー‧クラビッツ、マライア‧キャリー、ケンドリック‧ラマー、デミー‧ロバート。これらはエイドリアンの膨⼤なクライアントのごく⼀部である。
映像コンテンツのクリエイティブ‧ディレクターとしてアーティストと密に連携し、ショーの⽅向性を形作る。⼤規模な制作では10⼈を超えるデザインチームを率いることもあった。
連⽇続くリハーサルと本番、絶え間ない緊張とプレッシャー、そして移動の⽇々。過酷で不規則な労働時間。だがエイドリアンは⽌まらなかった。世界最⼤規模のコンサートツアー制作に関わり続け、世界中を⾶び回った。
「会場の明かりが落ちて、スクリーンに映し出された映像に2万⼈の観客がどよめく瞬間。⾃分が作った映像が知らない誰かにとって決して忘れられない記憶に変わる。 あれこそが最⾼の快感」
それだけではない。ツアーの合間にはDJ養成学校、写真アカデミー、照明や家具のデザイン事務所、ライブストリーミングDJのプラットフォームもまだ誰も始めていなかった頃に⽴ち上げた。⾃らの持つクリエイティビティを様々なベンチャーに注ぎながらエイドリアンは10年以上全⼒で疾⾛した。
コロナ‧パンデミックが引き起こした変化
その⽇は前触れなくやってきた。2020年に全世界を襲った新型コロナのパンデミックはエイドリアンのキャリアを⼀晩で崩壊させた。「たった48時間で向こう2年分の仕事が全てキャンセルになったんだ」。
深い闇に体が沈んでいくような感覚。あれだけ鮮やかだったはずの未来が跡形もなく消え去った。これまで作り上げてきた全てを失ったエイドリアンの痛みを紛らわせたのは「(⼤量の)ウイスキーさ(笑)」。
⻑く続いたパンデミックが徐々に収束に向かうにつれ、エイドリアンは映像のプロジェクトに再び関わり始める。だが当時台頭し始めたAI技術の急成⻑とコンサート業界のモノポリー化を⽬の当たりにし、この業界に安定した将来が築けるのか⼤きな不安があった。
そんな折、彼の⼈⽣に⼤きな変化が訪れる。パートナーが初めての⼦供を妊娠したのである。⼦供を持つ予定のなかった⼆⼈にこれは全く予想外の出来事だった。「⼆⼈とも初めは不安だったけれど、ドクターが胎児も⺟体も安全だと念を押してくれたんだ」。
多忙なライフスタイルを続けてきたエイドリアンは⾃分に⽗親になる準備ができているのか⼾惑いがあったという。だがモニターに映った胎児を⾒て、その⿎動を初めて聞いた時に彼の中で何かが変わった。
これまでの不摂⽣を断ち、健康志向に徹する決⼼をしたエイドリアンは10キロの減量に成功する。そんな彼に次のアイデアが閃いた。
続々到着する友⼈達と誕⽣⽇を祝うリサ(右)
娘の誕⽣がもたらした贈り物
「娘が⽣まれる前にベビーシャワー(出産を間近に控えた妊婦のために友⼈や親戚が集まり安産を祈るパーティー)を開いた時、レンタル‧フォトブースを雇ったんだよ。でも対応は遅いし、サービスも酷い。でも請求書を⾒た時にこう思ったのさ。『待てよ。これはいいビジネスになるんじゃないか?それに俺の⽅が絶対に上⼿くできるはずだ』って」。
エイドリアンは即決した。必要な機材⼀式を購⼊し⾃らのビジネスをスタート。「Photobooth NYC」の誕⽣だった。彼の⼈柄や映像関係の経験を考えるとこれまでで最も⾃然な選択だった。
同時に⽣活の全てが変化した。パートナーと育児を分担し、仕事の注⽂や予約を管理。⾃宅でクリエイティブ‧スタジオの仕事もこなし、その合間にフォトブースの出張の仕事をする。
娘とできるだけ多くの時間を過ごすことが新たな優先事項となり、このビジネスはそのための道筋として形になり始めた。
現在エイドリアンは週に3、4回の出張サービスに加え、幾つかの⼈気レストラン、カラオケバー、カルチャーセンターとフォトブース常設についての交渉を進めている。スタッフを育て、仕事を任せることができれば⾃分の時間を娘や他のことに向けることができる。
弾ける笑顔の瞬間を捉えてくれるエイドリアンのフォトブース
⼈をハッピーにするビジネス
「俺の唯⼀のボスは娘なんだ」と笑うが、その⾔葉には重みがある、「娘が育っていく間、できる限り⾃分がそばにいてやりたい」。世界を回り続けた頃のエイドリアンには決して叶うことのなかった願いだ。彼は今、⼈⽣に対してこれまでなかった意味と明晰さを感じている。
ー 気づけばアルコールが回ってパーティは最⾼潮に達している。スピーカーから流れる⾳楽は体を揺らし、陽気な会話は続く。誰かが床で笑い転げている。良いパーティーでは誰もが⼦供に戻ることができる。
フォトブース撤収の時間が近づいていた。最後にもう⼀枚、とフォトブースの前には順番を待つ列ができている。最後の撮影が終わり撤収を始めたエイドリアンの周りにリサと彼⼥の友⼈たちが集まる。
「お陰でパーティがとても素敵なものになったわ。」ともう⼀度リサは微笑んで⾔った。「今⽇は本当にありがとう」
どういたしまして、と答えるエイドリアン。エレベーターの扉が閉まり、パーティの笑い声は遠ざかる。そして訪れる⼀瞬の静寂。「この仕事を気に⼊っているひとつの理由はみんなをハッピーにすることができるからなんだ」
皆の中に残っているスーパースター。⼦供の頃の純粋さ。形に残さなければ消えてしまう儚い記憶。エイドリアンのフォトブースはそんな瞬間を捉えてくれる。たとえその夜のことを忘れても、写真の笑顔はいつまでも消えない。
⼈をハッピーにしてくれるものはこんなふうに懐かしくて、意外とシンプルなもののなかにあるのだ。
誰もが⼦供に戻ることができる。それが良いパーティの条件
PHOTOBOOTH NYC
http://PhotoboothNYC.co
設⽴年:2024
事業内容:フォトブース‧レンタル、各種パーティの出張サービス
著者について
Hiroshi Kishiro
東京都出身。在ニューヨーク25年。
M.F.A(アート修士号)所持。日本での専攻は初等教育学。
ホスピタリティー業界でデザイン、PRに15年携わった後不動産業界に転身。
エージェントとして仕事をする傍ら持ち前の好奇心とフットワークを生かしデザイン、
TV番組制作、ライター、ツアー作成まで様々なプロジェクトを展開中。
NEXLYって?
未来へとつながる、まだ見ぬ物語を。
Nexly(ネクスリー)は、「未来へのステップ」を意味する“Next”と、「人や情報をつなぐ」“Link”を組み合わせた、アメリカ・中南米に特化した総合情報プラットフォームです。旅先での出会い、現地での暮らし、キャリアの選択。世界のどこかで生まれる、小さなきっかけを大切に、今をつなぎ、未来をひらく情報を発信しています。現地に根差した日本語メディアと提携し、確かなニュースや地域情報を厳選。さらに、Nexly独自の現地取材によるレポートや特集記事も展開し、中南米のリアルな今を、より豊かに、立体的に伝えていきます。
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