「Dr. Bike NYC」のオーナー、ジョナサン・ブラウン(Jonathan Browne)
Text & Photos Hiroshi Kishiro
ブルックリン・ニューカークプラザにできたバイクショップ
暮らし易さと多様なカルチャー、刺激的なアート発信で知られるブルックリン。今年の5月1日、ミッドウッドのニューカークプラザ駅前に新しい自転車ショップ「Dr. Bike NYC」がオープンした。
風の抜けが心地よい午後、住人達はこの新しいショップに好奇心に満ちた眼差しを向けながら通り過ぎていく。
ブルックリン生まれのショップ・オーナー、通称『Dr. バイク』ジョナサン・ブラウン(Jonathan Browne)は自身の少年時代をこう振り返る。
「地元のイースト・ニューヨークでいとこや友達とよくBMX(レースやスタントに使用される自転車)を乗り回したよ。陽が暮れるまでね」。 近所に自転車屋がなく、ジョナサンはティーンネイジャーの頃には裏庭でタイヤ交換やチューンアップなど簡単な修理を始めた。口コミで少しづつ人がやってくるようになった。「夏休みの間の良い小遣い稼ぎになったんだ」
ニューヨークで自転車の普及率が低かった理由とは
ニューヨークの魅力を発見するのに自転車ほどふさわしい乗り物はない。だが地下鉄網が充実したこの街で、かつて自転車の普及率は意外なほど低かった。
ニューヨーク市では自転車が走行できるのは車道のみ。だが専用レーンは極めて少なく、気の荒い運転をする自動車の間を走らなければならない。勿論危険で事故も多かった。
またこの街には安心して駐輪できるスペースがない。駐輪できても一瞬でチェーンが断ち切られ、車体ばかりでなくサドルや車輪が容赦無く盗まれる
。 だが変化は2007年に起き始める。ブルームバーグ前市長のプッシュにより車道の一部が塗り分けられ、自転車専用レーンが少しづつ拡張した。
その後2013年からシェア自転車システム「Citi Bike(シティバイク)」がマンハッタンの様々なロケーションに登場。こうして自転車利用がニューヨーカーにとって徐々に身近なものになっていった。
ニューヨークで見かけるデリバリー用E-バイク
ジョナサンとE-バイク
通常の自転車だけでなく、E-バイク(電動式自転車)についても精通しているジョナサン。ニューヨークのE-バイクビジネスに黎明期から関わってきた数少ない一人だ。
日本のスリムな電動アシスト自転車は「自転車らしさ」を保った軽量で実用的なデザインが主流だ。いわゆる「ママチャリ」に近い形状で、細いフレーム、前カゴ、小型モーターやバッテリーを備え、買い物や子どもの送迎など日常の用途を意図して設計されている。
一方ニューヨークで見かけるE-bikeは大型で重量感があり、力強いデザインが特徴。ゴツいフレームと太いタイヤ、大容量で取り外しが可能なバッテリー、ペダルを漕がずに走行できる「スロットル」を備えている。見た目も自転車と原付バイクの中間に近い印象。ニューヨークではE-bikeもタフなのだ。
ジョナサンがはじめてE-バイクを手に入れたのは2007年。ニューヨークで自転車専用レーンが拡張し始めた頃である。当時日本では当たり前だった電動式自転車も、この街ではまだ極めて珍しい存在だった。
「スクーターとも違う、バッテリーを積んだ自転車に乗っている奴を見かけてね。思わず追いかけてどこで手に入れたか聞き出したんだ。」
早速クイーンズ・フラッシングの奥地まで出向いて現金購入。中国製でスポーティーな作りだったが車体は重かった。値段は600ドル。安くはないが原付バイクよりずっと手の届きやすい価格だった。
「E-バイクを乗り回す気分は最高だった。でも問題は故障した時。一旦壊れると部品も簡単には見つからないし、修理に持ち込める場所もない。朝の10時に修理を依頼したらサービスマンが到着するのは夜10時だった。」
その時の経験は現在のジョナサンのサービス提供に影響している。ジョナサンはオンラインで事前に部品を入手し、問題が起きた時には自分で修理するようになった。
店内では沢山の自転車がチューンアップを待っている
E-バイクに対する取り締まりが強化
ジョナサンがとあるバイクショップでマネージャーを務めていた2015年から2019年の間、E-バイクはニューヨークでデリバリー労働者を中心に利用者をじわじわと伸ばしていた。
既に何千人ものデリバリー労働者によって使用され、E-バイクはスピードを要するサービス提供に不可欠の存在になりつつあった。
そんな中、2017年に就任したデブラシオ前市長はE-バイクの取り締まりの強化を発表。当時州法に明確な定義が存在せず、グレーゾーンに置かれたE-バイクの存在は「違法の存在」とみなされていた。
特にデリバリーに多用されたスロットル・タイプは運転に免許を必要としない上、スピードや安全性について懸念を招いていた。
多くのE-バイクショップが摘発され、沢山のバイクが押収された。また「販売自体は違法ではないが、E-バイクに乗るのは違法」という理解し難い状況が生まれた。E-バイクは『未登録のモーター車両だから』というのがその説明である。
取り締まりにあったE-バイク利用者には罰金が課された。中でも経済的な打撃を受けたのは直接違反チケットを切られた低賃金で働く移民のデリバリー労働者である。明らかな弱者狙いだった。ジョナサン本人も何度か罰金を経験している。
ジョナサンは納得がいかなかった。ニューヨーク市はE-バイクが貢献する経済効果を知りながら、問題は是正せずにE-バイクの利用者から金を巻き上げていたのである。
取り締まりにも一貫性がない。ジョナサンにとってこの状況は「不誠実、不公平で差別的」以外の何物でもなかった。
持ち込まれた自転車を点検するジョナサン
コロナ・パンデミック中の大ブーム
そんな中E-バイクは予想外のタイミングで転機を迎える。それが2020年に世界を襲った新型コロナ・パンデミックだ。
アメリカで最も過密した都市・ニューヨークはロックダウン(移動や活動の制限)を余儀なくされる。様々なビジネスが消滅した中、E-バイク(電動式自転車)に対する需要は脅威的な伸びを見せた。
外出と車の運転が制限され、感染リスクから地下鉄の利用者が激減。そんな中レストランではUBER EATS、GRUBHUB等のデリバリーアプリによるオーダーが爆発的に増加する。
客席の使用が禁じられた今、レストラン・ビジネスの存続はデリバリーにかかっていた。そしてこれまで以上にスピードが要求されるようになる。
そしてデリバリー労働者の間で通常の自転車からE-バイクへの乗り換えが一気に進んだ。彼らにとって体力を温存しながらスピードを競えるE-バイクは必須だった。
この時期レストランのオーダーばかりでなく、医薬品や日常品の配達もE-バイクが担っていた。小回りの効くE-バイクは自動車に比べてデリバリーに圧倒的に有利。
また原付バイクのように排気ガスを出さず、ニューヨークにぴったりの駆動力だった。こうしてE-バイクは違法ながらこの街を動かす機動力へと一気に成長したのである。
一方ジョナサンはオンラインでオーダーされた日常品や食材などを短時間で届ける「デリバリーハウス」の立ち上げにいくつも関わり、極めて忙しい日々を送っていた。
E-バイク、遂にニューヨーク州で合法化
E-バイクに対する取り締まりは続いていたが、この時点でレストランだけでなく多くの巨大コーポレーションがE-バイクの合法化を要求し始めていた。それも今すぐに。こうして押し切られるように2020年4月、ニューヨーク州はE-バイクを正式に合法化。そして3つのクラス制度が導入された。
● クラス1:ペダルアシスト(時速20mphまで)
● クラス2:スロットル付き(時速20mphまで)
● クラス3:高速ペダルアシスト(時速25mphまで・制限あり)
こうして長年続いていた曖昧な状態が整理され、保温ボックスを背負い、ストリートを何台も連なって走るデリバリー労働者達の姿は、この街の新しい光景として定着した。
地元のお客と会話するジョナサン
充電中にバッテリーが発火?!その背景とは
合法化されてからしばらく経った2022年前後、E-バイクに関連したニュースが再び話題となる。充電中のバッテリーが突然炎上し、ニューヨーク市内のあちこちのビルで大規模な火災を引き起こしたのである。
発火の原因の多くはデリバリー労働者によって連日、長時間酷使されてきたバッテリーにあった。消耗したバッテリーを早く充電させるために高電圧の充電器を使うと、バッテリーが熱を持ち発火を引き起こしやすくなる。
リチウム・イオンのバッテリーには可燃性の電解液が使われており、着火すると爆発的な火災を引き起こす。厄介なことに一旦着火すると消火が困難だった。
また裏市場に出回っていた無名ブランド製品に加え、繰り返し落下させたバッテリーも同様に危険だ。内部で回路がすでに壊れている可能性があるからである。
「バッテリーが熱い時は充電しないこと。無名のブランドではなくちゃんと認証されたバッテリーを使うこと。オリジナルの充電器を使うことも大切。バッテリーをフルに充電したらプラグを抜いて、一晩中充電するのは絶対に避けること。」とジョナサンは強調する。
店頭に並べられた様々な自転車やスクーター
ジョナサン自身が経験した事故
NYU Langone Health(ニューヨーク市を代表する統合型医療システム。質の高い患者ケアと画期的な研究で知られる)は2026年4月のレポートの中でE-バイクと車の衝突事故が急激に増加していること、事故にあった多くの利用者が脊髄や脳に深刻なダメージを経験したと発表している。
また同レポートの中で事故を経験したE-バイク利用者の約20%がアルコール検査で陽性反応を示したこと、ヘルメット着用のルールを守っていた利用者は3分の1に満たなかったことが明かされている。
ジョナサン自身にも深刻な交通事故の経験がある。数年前の深夜、坂をE-バイクで下っている時に、飲酒ドライバーが運転する車に猛スピードで突っ込まれたのだ。
ジョナサンの体は宙を飛び、頭から道路に叩きつけられた。背骨には損傷を受け、膝は二つに割れた。身体のあちこちに酷い擦り傷を負った。ヘルメットは完全に破損し、普通に歩けるようになるまで数ヶ月を要することになった。
「一つ間違えば命を失っていたところだった。あれは本当に辛い経験だったよ」
E-バイク利用者が事故を防ぐためのアドバイスを尋ねるとジョナサンはこう答える。
「飲酒した後で運転しないこと(笑)。ヘルメットは必ず着用すること。それとバイクを一旦購入するとその後のケアを怠るお客さんがとても多い。ブレーキが甘くなっていたり、タイヤの空気が抜けていたり、ちょっとしたことが事故につながる。定期的なチューンアップは想像以上に大事なんだ」
「自転車をアートに」はジョナサンのモットー
自転車を通じてコミュニティへ貢献
ニューカーク・プラザは1910年代、ニューヨーク初の屋外ショッピングモールとして栄えた歴史を持つ。かつてから残る床屋、ベーカリー、食堂などが並ぶ通りは当時の匂いを残しコミュニティの日常に貢献している。
1960年代からスーパーマーケットの登場などによりモール周辺は少しづつ寂れていった。だが近年駅周辺の改修工事に伴ってエリアは少しづつ活気を取り戻しつつある。
そしてジョナサンは自分のショップを通じてコミュニティに貢献できないか考えている。
「木曜日の夕方にはピアノとギター、ドラムによるジャムセッションを予定してるんだ。」ジョナサンは笑って言う。
自転車ショップでジャムセッション?とても素敵なアイデアじゃないか。
「そうだろう?僕がピアノを弾くんだ(笑)」
もうすぐニューヨークが一番素敵になる夏がやってくる。お気に入りの自転車に乗ってコニー・アイランドへ行こう。この店のそばにはビーチへと続くブルックリン自慢のバイクレーンがある。
そしてこの夏、ジョナサンのバイクショップ「Dr. Bike NYC」は自転車を愛する沢山の人々とこのコミュニティにとって大切なスポットとなる。
Dr. Bike NYC
32 Newkirk Plaza, Brooklyn, NY 11226
https://drbikenyc.com/
設立年:2026年
事業内容:⾃転⾞、Eバイク、スクーターの販売と修理、保守サービス
著者について
Hiroshi Kishiro
東京都出身。在ニューヨーク25年。
M.F.A(アート修士号)所持。日本での専攻は初等教育学。
ホスピタリティー業界でデザイン、PRに15年携わった後不動産業界に転身。
エージェントとして仕事をする傍ら持ち前の好奇心とフットワークを生かしデザイン、
TV番組制作、ライター、ツアー作成まで様々なプロジェクトを展開中。
NEXLYって?
未来へとつながる、まだ見ぬ物語を。
Nexly(ネクスリー)は、「未来へのステップ」を意味する“Next”と、「人や情報をつなぐ」“Link”を組み合わせた、アメリカ・中南米に特化した総合情報プラットフォームです。旅先での出会い、現地での暮らし、キャリアの選択。世界のどこかで生まれる、小さなきっかけを大切に、今をつなぎ、未来をひらく情報を発信しています。現地に根差した日本語メディアと提携し、確かなニュースや地域情報を厳選。さらに、Nexly独自の現地取材によるレポートや特集記事も展開し、中南米のリアルな今を、より豊かに、立体的に伝えていきます。
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