Text : Hiroshi Kishiro
写真:マンハッタンやブルックリンのライブハウスやバーに夜な夜な出没するフレッド
土曜日の夜とスピークイージー
雨のそぼ降る土曜の夜。マンハッタンのチェルシー・ホテルの裏手、レストラン従業員の出入り口に
見せかけた黒いドア。立ちはだかるバウンサーにコードを告げると地下のスピークイージー、音楽と
アルコールの楽園へと続く階段へと通される。
「ブルックリンの『スキニー・デニス』に行ったことはあるか?カントリー・ロックのバーなんだ。ぜひ友人のブライアンの演奏を聴いてみてくれ。奴にはすごい才能がある。それとイースト・ビレッジの『ルチンダ』もいい。ライブのクオリティーが高くてクールなバーだ。どっちも入場料はタダだしな」
そう語るのは長年ニューヨークを拠点にロックの写真及びビデオグラファーとして活動するフレッド・B・スリンガー (Fred B. Slinger)。現在もこうしたヒップなシーンに夜な夜な出没している。
スピークイージーのステージでサム・クックのクラシックを熱唱するマシュー
彼についての色々なことは謎に包まれたままだ。フレッド自身にロックスターのオーラがある。スタイリッシュ。エキセントリックでワイルド。それでいてどこかコミカル。
店に足を踏み入れるとあちこちから「フレッド!」と声がかかる。たとえ彼を知らなくても、まるで長年の知り合いのように会話を始めるそのキャラクターに誰もがつい引き込まれる。
70回以上訪れている日本は、彼のお気に入りの国の一つだという。「アジアの中でも日本人はアメリカや西洋の文化に非常にオープンだろう?それに日本人は耳が良いし、音楽に対する敬意がある。
イギリスやアメリカで新しいサウンドが生まれるとそれを翌日にラジオで流すのはいつも日本だ」
今ステージではベテラン・ギタリストのニック(Nick Purombo) が絶妙なプレイを効かせる中ボーカルのマシュー(Mathew Levitts) がサム・クックのクラシックを歌い上げている。そこにどこからかバーレスクの女性ダンサーが登場。フロアを回りながら艶めかしい身のこなしで観客を煽り始める。
「ニューヨークはある意味東京と似ている。外側からは何も起きていないように見えても、リアルな遊び人はどこに刺激的なことが起きているか知っているんだ。冒険とスリルはこの街では尽きることがないのさ。」
官能的なパフォーマンスで観客を煽る女性パフォーマー
ファン垂涎!超有名ロックスター達の未公開写真が眠るスタジオ
コンサート直前にチケットを探すフレッドと友人達
マンハッタンの喧騒を離れたクイーンズ・クレストヒルにフレッドのスタジオがある。フロアには機材やポスター、フォルダーそして数えきれないほどのテープが所狭しと積み上げられている。
「子供の頃からロック・ミュージックが大好きだった。ジミ・ヘンドリックスの『Axis: Bold As Love』ディープ・パープルの『Deep Purple In Rock』そしてツェッペリン。これらが俺のバイブルさ。」
カリフォルニアの大学で映像制作を学んだ後、様々なバンドにクルーとして加わり働き始めたフレッド。堅気の仕事に就くことは考えられなかった。「ロックを聴き始めた時から俺の人生は後戻りできないものになったんだ(笑)」そしてロック・ミュージシャン達と世界中を回った。
このスタジオには当時一緒に仕事をした有名ミュージシャン達の何千枚にも及ぶ写真やビデオが眠っている。
チューブの中に保管された門外不出の大判プリントをフレッドが一枚一枚披露してくれる。ローリング・ストーンズ、ジョニー・ウインター、ボー・ディドリー、グランド・ファンク・レイルロード、スヌーキー・フラワーズ。
ステージ上のパフォーマンス、バックステージ、時としてプライベートな瞬間。全て未公開、世界中のロック・ファンが卒倒するようなものばかりだ。
フレッドは独学で写真を学んだ。だがどの写真も完璧な瞬間を絶妙なアングルで捉えている。ロックのステージがもつ興奮、迸る感情、そして独特の神聖さを一枚一枚から感じる。
「こうした写真をドキュメンタリー・フォトグラフィーと呼ぶやつもいるけれど、俺にとってはもっとアートに近いものなんだ。こういう感覚は持って生まれたか、もしくは持っていないかのどちらかしかなくて、教えられて身につくもんじゃないんだ」。
そんな写真の中、ステージで陶酔した表情を浮かべる女性アーティストの一枚がある。日本の伝説的パンク・ロックバンド「シーナ・アンド・ロケッツ(Sheena & Rokkets)」のボーカル、シーナを撮影したものだ。
ステージ上で熱唱する「シーナ・アンド・ロケッツ」のシーナ
伝説のバンド「シーナ・アンド・ロケッツ」と育んだ友情
鮎川誠氏と妻のシーナ。 ニューヨークの自由の女神島に向かうフェリーで
1979年に福岡でデビューした「シーナ・アンド・ロケッツ」。「レモンティ」「浮かびのビーチガール」などの数々のヒットを飛ばし、日本の音楽史において確固たる地位を誇るパンクロック・バンドだ。
ロックを基盤にニューウェイブやテクノの要素も取り入れた斬新なサウンドを確立し、特にYMO(Yellow Magic Orchestra)がプロデュースを手がけたアルバム「真空パック」からのシングル「ユー・メ
イ・ドリーム」は大ヒットを記録。
圧倒的なカリスマを誇るバンドリーダー鮎川誠氏の超絶ギターテクニック。メイン・ボーカルの妻シーナが披露するキュートでパワフルなステージング。日本人離れしたそのビジュアルとオリジナル性は日本の音楽界において唯一無二の存在。ラブサイケデリコやピチカートファイブの野宮真貴をはじめ、多くのアーティスト達に多大な影響を与えてきた。
「シーナ・アンド・ロケッツはパンク・ロックバンドとして真のパイオニアだった。どんなに彼らを真似しようとしても本当のオリジナルはシーナと誠さ。」とフレッドは強調する。
知人を通じて二人に出会ったフレッド。そしてその友情は20年以上続くこととなった。
「一緒に行ったフジ・ロックフェスティバルは特に最高の経験だった。今でもよく覚えている。日本に行くたび家に招待してくれたし、彼らがニューヨークに来ると俺の家に泊まっていって、よく一緒につるんで遊んだよ。」
スタジオで戯れるシーナと誠、そしてフレッド
フジ・ロックフェスティバルのバックステージにて
ブルースの守護神ボー・ディドリーと記念写真を撮るシーナと誠の二人
自由の女神のポーズでキメるシーナ。超プライベート写真
フレッドは日本で開かれるシーナの誕生日パーティにほぼ毎年参加した。(生命に関わる事故を経験した2005年のみ不参加)また様々なライブに足を運んではステージ上、そしてプライベートの二人を撮影し続けた。
地元・福岡への愛、そして不動の夫婦愛、家族愛で知られるシーナと誠。また特筆すべきはそのキャリアの長さだ。シーナ・アンド・ロケッツのように40年以上に渡り精力的にライブ活動を行い続けたバンドは日本では極めて珍しい例だという。
そして2014年の夏。「たまたま日本にアルバート(アルバート・リー。エリック・クラプトンとの共演で知られ、世界屈指のギタリスト)と一緒にいた時に、シーナがいつものように家に招いてくれたんだ。そしてまた飲んで大騒ぎさ」。
2014年夏。日本のシーナの誕生日パーティで
その翌年2015年のバレンタイン・デーに、シーナは子宮頸がんでこの世を去った。病気については家族以外には知らされなかったため、フレッドも彼女の病気について知らなかった。シーナは亡くなる2ヶ月前までステージに立った。
日本の女性ロックボーカリストの先駆けだったシーナ。最愛のパートナーを失った後も誠は音楽活動を止めなかった。4月7日を「シーナの日」と名付け、そのパフォーマンスは更に迫力と凄みを帯びたものになっていったと言われる。誠にとってシーナに再会できる場所、それがステージだった。娘の
LUCYが時々ボーカルとしてステージに加わった。
そして2023年1月。たまたま日本に滞在中だったフレッドは誠の訃報を知らされた。死因は膵臓がんだった。
「誠も一緒さ。(周りには誰も言わなかったから)彼が病気だったとは知らなかった。」大好きなロックをハートに最後の瞬間まで走り続けたシーナと誠。ロックは二人にとってスタイルではなく生き方だった。様々なアーティストやファンにインスピレーションを与えてきたシーナ・アンド・ロケッツ。だがストー
リーはここで終わりではない、とフレッドは言い切る。
「娘のヨーコはビジュアルアーティスト、そして現代画家。ルーシーはファッションセンスにあふれ、才能豊かなライブパフォーマー。そしてビジネス面を支えるコーディネーターであり、素晴らしいドラマーのジュンコ。シーナと誠の才能は娘達に確実に受け継がれているんだ」
「彼らは人間として本当に素晴らしかった」
娘のLUCYと。ニューヨークのチェルシーホテルにて
生フレッドは2025年、シーナの誕生日11月23日に没後10年を記念した写真集『SHEENA -SEXYSIDE OF PUNK’N’ROLL 』を出版。この日新宿ロフトでバースデー・ライブも開催され、BARスペースには写真も展示された。フレッド本人もニューヨークから駆けつけ舞台で挨拶。初版は即日完売と
なった。
「シーナと誠。オリジナリティや優れたミュージシャンってだけじゃない。人間として本当に素晴らしかった。あんな美しいハートの人間にはなかなか出会えないよ」
ニューヨークで思いがけず耳にする日本のロック・レジェンドのエピソード。こうしたランダムさがまたこの街らしい。ワイルドな中に少年のようなピュアさを残すフレッド。最後までリアルな生き方を貫いたシーナと誠。
ニューヨークと東京、そして福岡を繋いだものはロックを通じて繋がった純粋なソウル。そしてフレッドが撮影したシーナには誰も寄せ付けないワイルドな美しさがある。
ニューヨークでは音楽も眠らない
様々な楽器を操る才能あふれるミュージシャン、エリカ(Erika Mancini)と
「ブライアン(Brian Hurd)は最も才能ある若手ミュージシャンの一人」
世界的に著名なジャズ・ギタリスト、フランク・ヴィグノラ(Frank Vignola)と
フレッドは現在、その過去を知る人物からドキュメンタリーへの出演を打診されている。だが彼の心は定かではない。「俺はまだ勢いに乗っている最中なんだ。今やりたいことが目の前に沢山ある。俺が興味があるのは常に未来で、過去にあまり興味がないんだ」
そして途方に暮れた顔でこう続ける。「それに昔のことを話せって言われてもヤバい話が多すぎて…一体何を話したらいいんだ?」
フレッドはもちろん今だにロックの大ファンだが、現在耳にするものはカントリー、ブルーグラス、ブルース、ファンク、エスニック音楽やモダンジャズまで幅広い。
「どんなジャンルだろうと良いものは良い。それだけだ。人間も時代と共に変化するのが大事なんだ。たとえばいくらヘビーメタルが好きでも、あのジャンルが最高だったのは80年代、90年代の話。それなのにそこにこだわりすぎたら自分もそこで止まってしまうだろ?」
ニューヨークのライブ・シーンは変わったと嘆く声は多い。だがフレッドはこう断言する。
「いや違うな。技術的な面、クリエイティビティに注目するとこの20年でニューヨークのライブ・シーンは間違いなく向上しているんだ。グレイトな音楽を毎晩聴かせてくれる、素晴らしい場所がこの街には沢山ある。
ニューヨークは退屈になったという奴もいるけど、どこでアクションが起きているか知らないだけの話だ。この街じゃ音楽も眠らない。じゃ次のハコへ行くか?」
Fred B. Slinger
ロックを中心とした音楽のフォト・ビデオグラファー
著者について
Hiroshi Kishiro
東京都出身。在ニューヨーク25年。
M.F.A(アート修士号)所持。日本での専攻は初等教育学。
ホスピタリティー業界でデザイン、PRに15年携わった後不動産業界に転身。
エージェントとして仕事をする傍ら持ち前の好奇心とフットワークを生かしデザイン、
TV番組制作、ライター、ツアー作成まで様々なプロジェクトを展開中。
NEXLYって?
未来へとつながる、まだ見ぬ物語を。
Nexly(ネクスリー)は、「未来へのステップ」を意味する“Next”と、「人や情報をつなぐ」“Link”を組み合わせた、アメリカ・中南米に特化した総合情報プラットフォームです。旅先での出会い、現地での暮らし、キャリアの選択。世界のどこかで生まれる、小さなきっかけを大切に、今をつなぎ、未来をひらく情報を発信しています。現地に根差した日本語メディアと提携し、確かなニュースや地域情報を厳選。さらに、Nexly独自の現地取材によるレポートや特集記事も展開し、中南米のリアルな今を、より豊かに、立体的に伝えていきます。
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